翔んで行く

生粋の旅行、飛行機ヲタクが早口で旅行の魅力を語るブログ。海外に10年住んだからこそわかる日本や海外、さらに飛行機の魅力について若干二十歳の学生が書き残す。誰かの役に立てたらいいな。

旅行記 晩秋の北海道三泊四日の旅 Day2

晩秋の北海道旅行記Day2

道北へ

 前日は豚丼ジンギスカンを食べ網走から札幌へ北海道を反時計回りに移動しました。二日目は一日かけて道北稚内へ行きます。当日の予報では曇り時々雨、どうなるんでしょうか。

7:20 札幌駅ホームへ

 眠い目をこすりながら朝7時に札幌駅構内へ入り電車で食べる朝ご飯を買いました。電光掲示板には本日乗る特急宗谷号の表示が出ています。今回の旅の目的の15%はこれに乗るのが目的でした。

特急宗谷号稚内行の案内

ホームに上がると列車はまだ来ていませんでした。ドキドキわくわくの中電車の到着を今か今かと待ち続けました。気が付けば眠気はとうに吹き飛んで稚内へ行けるという高揚感でいっぱいでした。札幌駅のアナウンスでは特急という呼称ではなく、特別急行という呼称になっておりここもいかにもJR北海道らしい使用になっています。そしてついにお目当ての列車が入線してきました。

特急宗谷HET261系

特急の内装は昨日の特急と変わらず、座席の色だけが少し変わっただけでした。ヘッドマークは道北の絵が描かれてあってこれから日本の北の果てまで行くことを実感させてくれます。

特急宗谷号

7:30に電車は定刻通りに札幌駅を出発しました。普通、特急は何号というように番号が付くのですが、宗谷号は1日1便しかないので番号はふられていません。停車駅は岩見沢美唄、砂川、滝川、深川、旭川和寒、士別、名寄、美深、音威子府天塩中川幌延、豊富、南稚内稚内。合計396キロを5時間かけて移動する壮大な特急です。終着駅稚内には12:50分につくとのことです。

旭川まで

 旭川まではディーゼル特急のほかに電車が走れるようにちゃんと電化されています。札幌旭川間は利用人数が多くたくさんの特急が走っています。そのため、線形もよく列車は高速で走行をします。美唄深川駅では制服を着た学生も降りていき少し驚きました。砂川を過ぎたあたりで朝ご飯を食べました。スタバのスコーンです(いや、甘いものかよ)。列車は雄大な北海道の平原を走り、次第に天気が良くなってきました。

秋晴れの石狩平野

列車は旭川へ到着する前に少し峠越えをし、午前9時旭川駅へ到着しました。

宗谷本線

これから先は電化されていない区間となっています。だんだん秘境感が強くなってきます。途中和寒という駅へ到着しました。読み方はわっさむ。そして次第に寒そうな雲が前方に現れてきました。

和寒

いよいよ「冬」が目前に

いよいよ寒そうな雲の下へ入りその中を一路北へ向かいます。途中の名寄駅は稚内の道のりの中で最後の市となっています。これを過ぎるとこれより北には稚内まで市はありません。列車は名寄を過ぎ、ついに宗谷本線の深淵に入っていきました。

音威子府駅 雪が舞っている

雪に加え天塩山脈の中に入ってきました。列車は音威子府駅に到着、読み方はおといねっぷ。北海道で一番小さな村となっていて人口はわずか831人(2013年)。もともとは天塩川水運の拠点、そして音威子府以北の鉄道建設の拠点として栄えました。また、明治時代より、北方から敵が攻めてきたときに防衛の重要拠点とされていたところです。(国道の交わる所があるため)そんな鉄道の町として栄えた音威子府は今では人口が激減し1日当たり34人しか利用しないみたいです。また、音威子府はそばも有名で音威子府Tokyoという蕎麦屋さんも東京に出店しています。

 そんな歴史ある音威子府を過ぎさらに天塩山脈を北上します。あたりは山とトンネルと畑のみ、人の気配を感じない所を進みます。山脈を超えるといよいよ稚内が近づいてきます。時刻は12時。おなかがすいたので札幌駅で買った駅弁を食べます。食べるのは札幌駅立売商会の3種の神器弁当です。

鮭や卵が入った札幌駅立売商会の弁当

ボリュームあって満足

山脈を抜けると特急はいよいよ下り坂に差し掛かり徐々に高度を落とし始めました。抜海駅を通過するとそれまで山しか見えなかった車窓に海が入ります。

稚内到着前の最後の絶景 奥には利尻岳が出迎えくれた

12:50 稚内到着、ノシャップ岬へ

札幌から乗車して5時間強、ついに日本最北端の町稚内へ着きました。気温は8度、意外に暖かい。やっぱ寒いです。今回のお目当てはノシャップ岬。本当は宗谷岬まで行きたかったのですが、帰りの札幌行の電車への接続が微妙でこれを逃すと本当に札幌まで帰れなくなるので今回はあきらめて反対側のノシャップ岬へ行きました。なんと稚内駅からはバスが出ており、宗谷岬までは一時間、ノシャップ岬までは10分で行くことができます。それにしても、、

風が強い、、

気温もそうなのですがオホーツク海から吹き付ける風が強く厳しい環境になっていました。でもここであきらめるわけはなく、目的地のノシャップ岬へ行きました。

ノシャップ岬

寒い、、風は風速10メートルといったところでしょうか、ついにここまで来てしまった。日本の北の果て、しかもこんなクッソ寒い11月に。ただ飛行機と電車とバスを乗り継いで来ただけですがとても達成感があり、興奮しました。そして何より、数時間前の予報は雨でしたが、実際に行ってみれば曇の間から太陽が、さらに海の先には利尻、礼文島を臨むことができました。誰もいない北のはずれの岬が自分にとってはとても意味のあるものとなっていました。

 風が強く吹き付けていましたが周辺を歩くことにしました。岬周辺は誰もいなく、時折車が走るだけの場所でした。歩行者が誰一人いない、土地勘もない、聞こえるのは風の音と波の音だけの道北の晩秋の海沿いを歩くのはまさに非日常。時刻は2時半、日没まではあと一時間と少し、すでに夕日が差す中での散歩となりましたが自分にとって有意義なものとなりました。また、稚内は丘が多く、ノシャップ岬には自衛隊のレーダーがあり常に北方を監視していました。

ノシャップ岬周辺、周辺には誰もいない

3:30 バスで稚内駅へ戻る

 体の芯まで冷えるほど散歩をしたあと、稚内駅まで戻りました。もうあと少しで日没です。(訪れたのは11月下旬)その後、稚内の北防波堤を観光しお土産を買ったら気が付いたらもう空は暗くなっていました。稚内はもともと樺太へ人を運ぶための港町として栄えました。戦前は稚内駅から先に電車は延びており、港の横まで電車は走っていたみたいですが現在は今の稚内駅で線路は途切れています。戦前はたくさんの兵隊が通ったといわれています。しかし、現在の稚内駅からの電車は1日7本、冬は雪のせいで宗谷本線が寸断されることもたくさんあるみたいです。毎日頑張っている宗谷本線ですが途中駅は次第に廃止の議論がされ始めており、なかなかこれからも厳しい状況が続くみたいです。

今は途切れている稚内より先のレール

17:50 稚内駅出発

 4時前に日没し、すでに外は真っ暗。駅で何かを食べようとしましたが決められず結局牛乳を買いました。どうやら道北も酪農が盛んのようで、ご当地牛乳が売ってありました。稚内の滞在時間は五時間ほどでしたが、とても満足したため正直電車に乗るのが億劫でした。後ろ髪をひかれる思いで稚内に別れを告げ、特急へ乗り込みました。札幌までの五時間半の帰り道、牛乳しか買いませんでしたが、帰りは車窓は何も見えないので札幌までゆっくり寝ました。

稚内牛乳 鼻から抜ける香りはほのかに甘くとてもおいしい

11:00 札幌到着

 稚内から5時間と30分、ようやく札幌へ戻ってきました。力強いディーゼル音が札幌駅構内に響いていたため、隣のホームの電車を見に行きました。隣は網走から来たキハ183系特急オホーツクが止まっていました。この特急も五時間以上北海道の大地を走った特急です。宗谷号オホーツク号を一枚の写真に収めることができて非常に有意義な時間となりました。

どちらも5時間以上走り続けるディーゼル特急

夜ご飯をためていないためこのままススキノで札幌ラーメンを食べに行きました。お店の名前はけやき。小さなお店ですが長蛇の列ができていました。そしてなんとこの店、深夜3時まで営業しており、よく札幌で夜食のラーメンを食べるときに使わせてもらっています。時刻はもう間もなく日付が変わるころ、この時間、さらに11月下旬の寒さの中での札幌ラーメン、たまらなくおいしかったです。

けやきの味噌ラーメン

まとめ

往復11時間の稚内への日帰り旅、いかがだったでしょうか。頭悪いと思うかもしれませんが、小さいころからの夢が一つ叶って個人的にはとても充実した一日となりました。北海道の中でもかなり遠い場所ではありますが、そこには遠く樺太を臨む広い海や雄大な丘など非日常の世界が広がっていました。また、美しくも厳しい環境の中、毎日走る宗谷本線の雄姿を体感できたと思います。読者の皆さんもぜひ稚内へ行ってみてください。最後まで見ていただきありがとうございました。次回は三日目、同党へ再び向かいます。お楽しみに、それではまた次回の記事でお会いしましょう!ではでは。

北の果て稚内